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横浜地方裁判所 昭和62年(ワ)436号 判決

原告

有限会社江野本テーラー

右代表者代表取締役

江野本猛

原告

江嶋良

原告

有限会社テーラーエジマ

右代表者代表取締役

江嶋清

原告

妹尾守

右四名訴訟代理人弁護士

関根幸三

岡部光平

被告

神奈川県洋服商工業協同組合

右代表者代表理事

松井岩雄

右訴訟代理人弁護士

豊島昭夫

右訴訟復代理人弁護士

佐藤嘉記

主文

一  被告の昭和六一年二月二六日開催された昭和六〇年度通常総会においてなされた理事の選任決議中、池水邦彦、大塚俊彦、加藤和正、吉田茂則の四名の理事の選任決議が存在しないことを確認する。

二  原告らのその余の主位的請求並びに予備的請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1(主位的請求)

被告の昭和六一年二月二六日開催された昭和六〇年度通常総会においてなされた理事の選任決議が存在しないことを確認する。

2(予備的請求)

被告の昭和六一年二月二六日開催された昭和六〇年度通常総会においてなされた役員の選任決議が無効であることを確認する。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は中小企業等協同組合法(以下「中協法」という)に基づき設立された法人であり、原告らはその組合員である。

2  被告は、昭和六一年二月二六日開催された昭和六〇年度通常総会(以下「本件総会」という)において理事の選任がされたとしているが、本件総会において理事の選任決議はされておらず、右選任決議は存在しない。すなわち、

(一) 被告組合の役員を選任する方法としては、被告の定款によって、(1)総会における連記式無記名投票によるか、(2)総会における出席組合員の全員の同意があったときは選挙によらず指名推薦の方法によること、が定められている。

しかし、本件総会における理事の選任は右のいずれの方法によったものでなく、当日、議長が、「役員改選について、私の手元に支部長さん名簿が届いておりますので読みます。」と言ったのち氏名を朗読し、拍手で理事が決定されたものにすぎない。

したがって、本件総会における理事の選任は定款に定める方法によったものでないのみならず、理事選任の決議そのものも存在していない。

(二) 更に、被告の理事のうち池水邦彦、大塚俊彦、加藤和正、吉田茂則の四名については、前記行為により理事が選任されたとして理事会において理事長、副理事長等が互選されたため、右役員を推薦した支部から後任の理事を出すという慣習により理事となったものである。

したがって、右四名については選任決議が全くされていない。

3  本件総会における役員選任の決議では、理事と監事を別個に選任することとし、理事については前記の如く予め準備された候補者名簿を読み上げたのみで、選任のための何らの方法もとられていないが、監事については選挙によって選任が行なわれた。

このように、同日された役員の選任については、理事と監事とについて選任の方法が分かれて行なわれたが、被告組合の定款によると、役員の選挙については連記式無記名投票又は出席者全員の同意があったときに限り指名推薦の方法によることができることになっており、理事と監事を選任の方法について区別することを認めていない。

したがって、理事又は監事の選任については、一括して連記式無記名投票によるか、または指名推薦の方法によるべきであり、理事と監事を区別して異なった方法をとることは違法といわざるを得ず、本件総会において行なわれた役員の選任は無効である。

4  よって、原告らは被告に対し、主位的に前記理事選任決議が不存在であること、予備的に前記役員選任決議が無効であることの各確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、(一)の被告組合の役員を選任する方法として定款により原告主張のとおりの方法が定められていることは認め、その余は否認する。

3  同3は否認する。

三  被告の主張

1  本件総会における理事選任決議の経緯は次のとおりであり、本件役員選任決議は、法令又は被告組合の定款に定めた手続に従った適法なものである。すなわち、

議長は、第六号議案として、現役員は昭和六一年二月二八日をもって任期が満了するため、予め予選を行ないたい旨を述べ、これを議場に諮るに、全員賛成した。そこで、議長は役員選出方法について議場に諮るに、理事と監事の選出をそれぞれ分けて行なうよう提案があり、議長、議場に諮るに全員賛成した。議長は理事の選出方法を議場に諮るに、指名推薦の方法に全員が賛成した。次いで、選考委員数と選考委員の選出方法について議場に諮るに、議長一任との声と拍手多数により議長一任と決し、よって議長は、選考委員は五名とし、金子徳次、斎藤公、奥村義男、川又喜代見、矢口清を指名しこれを議場に諮るに、全員これを承認し、選考委員もそれぞれ就任を承諾した。次いで、選考委員による選考委員会開催のため、議長は一〇分間休憩を宣した。議長は休憩の後、選考委員会の結果を発表し、選考された新理事名を読みあげ議場に諮るに、全員これを承認した。

2  講学上、総会決議の手続上瑕疵が著しく、そのため決議が法律上存在すると認められないような場合には、決議は不存在となるとされるが、原告らの主張は、招集通知の著しい瑕疵及び無権限者の招集による瑕疵に関するものではなく、決議の方法に瑕疵がある旨の主張である。決議取消の訴に提訴期間を定めた法の趣旨からみて、右の場合に決議不存在の訴が許されるのは、決議方法の瑕疵が極端な場合に限定される。

本件における原告らの主張を前提としても、その主張する決議方法の瑕疵は、それがひいては決議が社会通念上存在しないと評価しうる類の瑕疵であるとは解し難い。

よって、本件総会決議不存在確認の訴についての原告らの主張は失当である。

3  総会決議無効確認の訴は、総会決議の内容が法令に違反することを理由としてはじめて許されるものであり、本件における原告らの主張は、決議内容の法令違反を理由とするものではなく、決議無効の事由に該当しないから、決議無効確認の訴についても、主張自体失当である。

4  予備的主張

中協法三五条三項及び一二項によれば、役員は、定款の定めるところにより、総会(設立当時の役員は創立総会)において選挙又は選任しなければならないこととされている。ここで「選挙」とは、選挙人団ともいうべき多数人が特定の地位に就くべき人を選定する行為及びその手続の総称をいい、多くの場合投票によって行なわれるが、必ずしも投票のみがその方法とは限らない。また「選任」とは、役員を総会の議決(多数決)により選出することをいい、選挙が選挙権の行使であるのに対し、選任は議決権の行使による。なお、選挙の方法として無記名投票制と指名推薦制が存在する。

選任制は、中小企業等協同組合法等の一部を改正する法律(昭和五五年法律第七九号)により、組合運営の円滑化を図るため、従来の選挙制に加えて新たに制度化されたものである。ここで、中協法三五条一二項は、選任制につき「定款の定めるところにより」と規定している。そして、本件総会当時の被告組合の定款は特に選任制について触れていない。しかし選任制は、昭和五五年の法改正によって新たに制度化されたものであり、法の趣旨よりして、昭和五五年以前から定款が変更されていなかったからといって、選任制の採用を排斥するものとは思われない。

本件総会において、総会議事録に当選理事として記載された二五名は、それぞれ議長から名前を呼ばれて議場正面の議長席近くに出頭し、総会出席者から拍手多数で承認されている。よって、少なくともこの時に多数決で選任行為がされており、理事の選任行為は存在している。また、右二五名はそれぞれ就任を承諾している。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1は否認する。

2  同2は争う。

3  同3は争う。

4  同4は否認する。中協法三五条一二項は役員の選出方法について選挙でなく、選任によってすることができることとなっているが、右選任による方法が採れるのは、予めその旨の規定を定款において定めておくことが要件とされている。しかし、被告組合における役員の選挙については、総会において役員の選出を選任によってすることを認めていない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二同2のうち、被告組合の役員を選任する方法として、被告の定款により、(1)総会における連記式無記名投票によるか、(2)総会における出席組合員の全員の同意があったときは選挙によらず指名推薦の方法によること、が定められていることは、当事者間に争いがない。

そこで、本件総会における理事選任の決議の存否について判断する。

第五号議案の抹消部分を除くその余の部分の成立について争いがない乙第一号証(昭和六〇年度総会議事録)の右争いのない部分には、本件総会の第六号議案について、被告の主張1記載のとおりの経緯で理事が選任された旨の記載があり、証人青木松三郎の証言は右主張に副うものであり、証人安宅勇も理事の選出において選考委員による選定があった旨証言する。

しかしながら、〈証拠〉によると、被告組合では、従来から二二支部の各支部長が理事に選任される慣行があり、本件総会においても、役員改選に関する第六号議案に入り、任期満了となる畠山滋理事長以下の退任の挨拶があった後、議長である青木松三郎は、予め準備した書面をもって、右二二名の支部長の氏名を一人づつ読み上げ、呼ばれた者が前に出て、本件総会の出席組合員から拍手を受けたこと、その際数名の組合員から挙手により異議ある旨の発言があったが、黙殺され、二二名全員の呼び上げ、拍手が終了したこと、その後、二二名の理事は直ちに会場裏に参集して理事会を開催し、互選により松井岩雄を理事長に選出したこと、続いて監事二名選出の手続に入ったが、監事については四名の立候補があったため、五名の選挙管理人が選任され、連記式無記名投票の結果、北島正朗、深沢三男が当選したこと、その後、松井岩雄新理事長と二名の新監事が就任の挨拶をしたこと、本件総会における役員選任の経過は以上のとおりであり、これに対し、議長が役員選出方法について議場に諮り、理事と監事の選出をそれぞれ分けて行なうよう提案があったこと、議長が右提案について議場に諮り全員賛成したこと、議長が理事の選出方法を議場に諮ったところ指名推薦の方法に全員が賛成したこと、議長が選考委員数と選考委員の選出方法について議場に諮ったところ議長一任との声、拍手があったこと、議長が選考委員を五名とし、金子徳次外四名を指名しこれを議場に諮り、これに対する承認があったこと、右五名の選考委員が就任を承諾して選考委員会が開催され、選考委員により新理事が選定されたことについてはいずれも実施がなく、この点に関する議事録の記載は虚偽のものであることが認められ、右認定に反する前記証人青木松三郎、同安宅勇の各証言は前掲各証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によると、本件総会においては、理事の選出にあたり定款に定める指名推薦の方法を採用することについて出席者全員の同意があったとはいえず、総会において選任された選考委員が被指名人を選定した事実もなく、この点について手続的瑕疵が存するというべきである。

ところで、決議が不存在というには、決議の手続的瑕疵が著しく、そのため決議が法律上存在するとは認められないような場合を指すものと解すべきであり、本件における手続的瑕疵が右に述べる程度のものであるか否かが検討されなければならない。

まず理事の選任に入り、議長が二二名の氏名を呼び上げ、出席組合員が拍手したことは、投票による方法でなく指名推薦の方法を選択したものと判断される。その際、数名から異議があったが、前掲乙第一号証の成立に争いのない部分によると、本件総会における出席組合員は二〇二名(うち本人出席一〇九名、委任状出席九三名)であることが認められ、これによると出席者全員の同意があったとしたことは、手続的瑕疵として著しいものとはいえない。

次に議長が二二名の新理事について一人づつ氏名を呼び上げ、呼ばれた者が前に出て会場から拍手を受けたことは、指名推薦された理事を承認する行為があったということができ、その場合に数名の異議があったにもかかわらず全員の承諾とみて引き続き理事会を開催したことは、右に述べたと同様に手続的瑕疵として著しいものとはいえない。

そして、選考委員の選任、選考委員による理事の選定を欠いた点についてみるに、中小企業等協同組合法等の一部を改正する法律(昭和五五年法律第七九号)により新設された中協法三五条一二項は、選挙ではなく総会の議決による役員の選出として「選任」を認めているが、これについては定款による定めを要するとはいえ、厳格な方法ではない役員選出方法を許容するものであって、前記認定の本件総会の理事選出に関する手続は、右「選任」としては要件を満たしているといいうるものである。そうすると、被告組合の定款には右「選任」による役員選出方法は認められておらず(この点は当事者間に争いがない)、定款に定める選考委員の選定による指名推薦がなかったとはいえ、議長から指名推薦があり、これに対し出席者の拍手による承認がされているもので、異議の出席者全体に占める割合からみて、その手続的瑕疵は著しいものとはいえず、法律上決議が存在しないに等しい瑕疵に該当するとはいえない。

なお、右手続的瑕疵を理由に決議取消訴訟を提起することは可能であるが、本訴提起がされたのは昭和六二年二月二〇日であり、右決議から既に一年近くを経過している。

これに対し、前記議事録には理事が二五名選出された旨記載があるが、〈証拠〉を総合すると、右二五名のうち池水邦彦、大塚俊彦、加藤和正、吉田茂則の四名は本件総会当時支部長ではなく、議長からも氏名を呼び上げられなかったもので、議場で前に出て拍手を受けたものではなく、池水邦彦は、後日、本件総会時支部長であった三橋保孝に代わって支部長になったもの、大塚俊彦、加藤和正、吉田茂則の三名は、被告組合では、支部長が理事長、副理事長、常務理事に選任されると後任支部長が理事になる慣行があるため、右慣行に従って後日後任支部長として理事に補充されたものにすぎず、本件総会の理事選任決議によって選出されたものでないことが認められ、これに反する証人青木松三郎の証言は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、本件総会における理事選任決議中、右四名の選任決議に関する部分は、議事録の上では右決議により選任された旨の記載があるが、右部分は全くの虚偽であり、決議は存在しないというべきである。

三予備的請求について

原告らは、予備的請求として、本件総会における役員選任決議は、理事と監事を別個の方法で選任したものであるとして、その無効を主張する。

しかし、中協法三五条一一項は、「一の選挙をもって二人以上の理事又は監事を選挙する場合においては、被指名人を区分して前項の規定を適用してはならない。」と定めているものの、理事と監事を分けて選挙方法を異にすることを禁じているものではなく、被告の定款においてもそのような規定はない。したがって、理事と監事を分けて異なる選挙方法で選出したからといって法令や定款に違反するものではなく、そのように選出することが不公正だとする理由も見出し難い。

よって、原告らの予備的請求は失当である。

四以上の次第で、原告らの本訴請求は、主位的請求のうち、池水邦彦、大塚俊彦、加藤和正、吉田茂則の四名の理事選任決議について不存在の確認を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、予備的請求も理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官森髙重久)

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